学校がつまらない!行くのが嫌!いじめ?おっと!その前に。。。そのⅡ
あ、これも読んで!
Aさんすみません、パクリますよ!編集して出しますが?
いい話なので。お父さん、お母さん、学校の先生も読んで。会社の上司も!
☆インドのカルカッタには、マザー・テレサが開設した「死を待つ人の家」があります。
路上で死にそうになっている人を連れてきて、その最期をみとるための施設です。
カルカッタでは、貧困で苦しむ路上生活者が大勢住んでいます。
路上で死んだ人は、ガンジス河や火葬場に物のように運ばれ処分されるのです。
そこで、マザー・テレサとシスターたちは、貧しい人たちが人間として尊く死んでいけるように、「死を待つ人の家」という施設を建てたのです。
彼女たちは施設に運ばれて来た死にそうな人に、必ず次のように聞くんだそうです。
What’s your name?(あなたのお名前は?)
そう聞かれた途端、その人は、ゴミのように捨てられてたかもしれない自分に、名前があることを思い出すそうです。
名前を聞かれたということは、一人の人間として扱われたということなんです。
ある時、マザー・テレサが、うじ虫がたかった男性の体を洗っていたら、その男性が次のように訊いてきました。
「なぜ、私のような者に、こんなことをして下さるのですか?」
「あなたを、愛しているからですよ!」と、マザー・テレサ。
この施設に連れてこられた人たちは、とても喜んで幸せそうに死んでいくそうです。
自分の存在を認められ、人間として尊く死ぬことができるからです。
その施設を視察に行った日本のある医療団は、「ここには最新の医療施設はないけれども、世界一素晴らしい看護がある。」と述べたそうです。
さて、昨日からの「存在承認」の話です。
相手のことを名前で呼んであげる、これも相手の存在を認める行為です。
名前で呼ばれて挨拶されると、自分が一人の人間として大切にされてる気がするんですね。
親子や夫婦などの間柄でも、「おい」とか「ねえ」とか「ちょっと」とかで呼ばれたり(=名前で呼ばれない)、「お前」とか「あんた」で代用されたりするよりも、名前で呼ばれた方が嬉しい!という人が多いのではないでしょうか?
知り合って間もない人がすぐにこっちの名前を覚えてくれて、名前で呼んでくれたりすると嬉しいですよね。
デール・カーネギーもその著書「人を動かす」の中で、相手の名前を覚えることの大切さを語り次のように言っています。
「名前は当人にとって最も快い、最も大切なひびきを持つ言葉である」
さてマザー・テレサの話は、究極の「存在承認」を教えてくれます。
「あなたを愛している」というメッセージです!
これは最もダイレクトで、最も強力な存在承認ですね。
特に親子や夫婦など、家族間では頻繁に使いたい言葉ですね。
さて余談ですが、マザー・テレサの話を、もう少し紹介します。マザー・テレサたちが施設を作ったとき、地元住民は強く反対し、施設撤去を求める運動が起こりました。
なにしろヒンズー教徒の国ですから、キリスト教のシスターはよく思われなかったのです。
しかし一人一人の人間の存在を尊重し、愛を与え続ける彼女たちを、住民は尊敬心を持って受け入れるようになっていきました。
1997年9月5日、「もう息ができないわ」の言葉を残して、マザー・テレサは永眠しました。そして、インドでは国葬が行なわれたのです。
国家元首でも首相でもないのに、異例の国葬です。マザー・テレサが、どれほどインドの国民に愛されていたかわかりますね。
「人を人として尊重する」という存在承認に人生を捧げたマザー・テレサは、宗教の壁すらも越えて、インドの国民からその存在を尊重される人になったんですね。
あなたは、家、学校、職場で「人を人として尊重する」という存在承認をやっていますか?
ん~ところでモンスター、そう言えば、名前のない悪魔ってのがあったな?あのマンガを思い出したよ!
あっとがま


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